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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)648号 判決 1969年8月04日

原告

山下美恵

ほか一名

被告

鈴木勝三

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当時者双方の申立

原告ら訴訟代理人は「被告は、原告美恵に対し金一〇〇万円、原告富巳子に対し金一六万一九六三円および、いずれも、これに対する訴状送達の翌日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被告は「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

(請求の原因)

一、事故の発生

被告は昭和四一年七月二四日午後一時五分頃自動二輪車(東七八三号)(以下、加害車という)を運転して、名古屋市守山区大字守山字町北二七五番地道路を東進して同所附近の交差点に西から東に進入しようとしたが、前方注意義務を怠つた過失により、同交差点を青信号により、北から南に横断中の原告美恵(当時満六才四月)に加害車を衝突させて路上に転倒せしめた。

これがため、原告美恵は頭蓋骨骨折・頭部挫傷の傷害を受け、昭和四一年七月二四日より同年九月二一日まで守山市民病院に入院し二〇針におよぶ縫合手術を受け、ようやく、同年一一月一日には通学できるまでに回復したが、なお、右額上部に若干の傷跡を残し、時折目まい・発熱・貧血・頭痛等が起こり、将来、後遺症が発生するおそれもある。

二、損害

(一) 原告美恵の損害

原告美恵が本件受傷により蒙つた肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料は、額面に残存する傷痕、現在及び将来相当期間継続すると認められる頭痛、めまい、学力の低下等の事実に徴すると、これを金一〇〇万円とするのが相当である。

(二) 原告富巳子の損害

(1) 逸失利益金五万一〇〇〇円

原告富巳子は、原告美恵の実母で同原告の親権者であるが、当時、稲取観光ホテルの事務員として一カ月金一万七〇〇〇円の給与を受けていたところ、原告美恵を看護するため三カ月間同ホテルを欠勤するを余儀なくされ(結局、退職した)、右期間、給与の支給を受け得ず、同額の損害を蒙つた。

(2) 入院治療費金八万四九九四円

原告富巳子は、守山市民病院に対し前記期間の治療費の一部金八四四三円を支払い、かつ、同病院に対する昭和四一年七月二七日より同年九月二一日までの治療費金七万六五五一円については、名古屋市が医療保護により立替払をなしたので、同原告は、名古屋市に対しこれを返済しなければならない関係にある。

(3) 通院治療費金五九六九円

(4) 雑費金二万円

三、よつて、被告に対し民法第七〇九条にもとづき、原告美恵は金一〇〇万円、原告富巳子は金一六万一九六三円および、いずれも、これに対する訴状送達の翌日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

一、原告主張事実中、原告主張の日時、場所において、原告美恵が、被告の運転する加害車に衝突した事実は認めるが、その余の事実は争う。

二、本件事故の発生については、被告には何らの過失もない。すなわち、被告は時速約三〇粁で前記道路を東進して前記交差点にさしかかり、その約三〇米手前(西)及び、その数米手前で、対面する信号機が青であることを確認したうえ、右交差点に進入しようとしたところ、交差点西側横断歩道の手前左側に駐車中の普通自動車の陰から、突如、加害車の進路上に飛び出してくる原告美恵を、左前方約三米に発見し急停車したが及ばず、加害者のハンドル左側付近に衝突するに至つたものである。以上の如く、本件事故は同原告が信号を無視して駐車中の車両の直前を、加害車の進路上に飛び出したため発生したものであり、被告には、原告主張の如き前方不注視の過失ありとはなし難い。

第三、証拠〔略〕

理由

一、原告主張の日時場所において、本件交通事故が発生した事実は当事者間に争いがない。

二、しかるところ、原告は、本件事故の発生については、被告に前方不注視の過失があつた旨主張するから、以下、この点について考察する。

〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は、前記の場所を東西に通ずる県道名古屋、多治見線(通称瀬戸街道)(巾員一二米の舗装平坦な道路で、制限時速四〇粁、駐車禁止、追越禁止)と、北北東に松河戸橋に至る道路が交差する信号機の設置された三叉路である。そして、右三叉路の西側には巾員約三・三米の横断歩道が、また、東側には三叉路より多少東寄りに同様の横断歩道が存する。しかして、東進用信号機は右東側横断歩道の東南方に、南進用信号機は右西側横断歩道東南隅に設置されているが、右信号機のサイクルは、前者が、青四〇秒、黄四秒、赤二〇秒であり、後者は青二六秒、黄四秒、赤四四秒で、いずれも、青から黄に変る際、約三秒間青の点滅となる。なお、本件事故当時、右西側横断歩道の手前(西)の瀬戸街道上北側には、軽四輪貨物自動車が駐車していた。

(二)  被告は、前記日時加害車を運転して時速約三〇粁で瀬戸街道(北端より約三・五米中央寄り)を東進し、本件交差点の手前(西)約三〇米附近で、東進用信号機が青信号であるのを確認し、そのまま東進を続けて前記駐車中の軽四輪貨物自動車に接近し、再び、信号を確認したところ青信号であつたので、前記西側横断歩道を通過して交差点に進入しようとした。ところが、右横断歩道の手前約六米まで進行したとき、右駐車車輛のかげから加害車の左(北)斜め前方約六・五米の横断歩道上を、左(北)から右(南)に小走りに出て来た原告美恵を認め、直ちに急ブレーキをかけたが及ばずして、加害車の左ハンドルが同原告の頭部に衝突するに至つた。以上のような事実が認められ、〔証拠略〕中、右認定に反する部分は、にわかに採用し難く、他に、これを左右するに足る証拠はない。

以上認定事実によれば、被告は対面する信号機の表示に従い、本件三叉路に進入しようとしたものであり、仮令、前記横断歩道の手前に車輛が駐車し、これがため、横断歩道を北から南に横断しようとする者の確認が若干、困難であつた場合であつたにせよ、前記青信号を無視して、横断を開始する者のあることまで予期して、右三叉路に進入すべき注意義務があつたとは、とうてい認め難い。その他、被告が前方注視義務をけ怠したと認むべき証拠はない。

三、以上の如きとすれば、被告の過失は結局、これを肯認するに由なきところであるから、原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。よつて、民訴法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 可知鴻平)

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